お見舞いは病室ではなく、エレベーター前にあるスペース。
病室内には子供は感染症予防のため、入れない。
それに、大きい声を出してしまう。ここでなら、ある程度は大丈夫。
ベンチがたくさんある、ちょっとしたスペース。
ここに座っていると、様々な人がいることに気づく。
入院なんてするつもりではなく、突然検診で入院を告げられ、慌てて家族に電話をする患者さん。
勤務中に何かがあったのだろうか、心配そうに駆けつけた患者さんの職場の方々。
皆それぞれの事情で入院をし、このスペースに集っている。
このスペースに家族三人で座っていると、嫌でも目に入るものがある。
それは、スペースの真横にあるエレベーター。
車両用エレベーターと、一般用エレベーターの二種類がある。
このエレベーターは毎日、様々な人を飲み込んでは吐き出し、を繰り返している。
「チーン」という到着音と共に出入りをするのは、
退院をするのでしょう、笑顔で出て行く夫婦。
心配そうにお見舞いに駆けつけたおばあさん。
車両用エレベーターの方には、寝たきりのまま病室を移動するのか、手術するのかは分からないが、ベッドごと移動させられる方。
この間は亡くなられた方も親族の方や黒いネクタイの方とともに出ていかれた。
産婦人科病棟ではないので、妊婦さんだけではなく、色んな方が行き来する。
そんな中で、いちばん私の胸をキューっと締め付けるシーン。
それは、「お母さんとの別れ」のシーンだ。
エレベーターの前で、おばあちゃんや、お父さんに手を引かれた小さい子が、不安げな悲しげな顔でお母さんとバイバイをする。
眉間にしわを寄せた小さい子が、1秒でも長くお母さんといたい子供が、お見舞いの最後に見せるささやかな抵抗。
エレベーターは来ている。早く乗らなきゃいけない。
でもまだお母さんといたい。もう一回ハイタッチをしたい。ハグをしてほしい。何回もバイバイをする。握手をする。
そのお母さんは妊婦さんであることが多い。
しかし、この混合病棟に入院をする妊婦さんは、安静を強いられているお母さんが多いのではないか。
抱っこもできない、目線を合わせるためにしゃがむことも、あまり長い時間面会もできない。
看護師さんの視線も気になるでしょう。でも子供に寂しい思いもさせたくないでしょう。
エレベーターが閉まってしまい、取り残されたお母さんの後ろ姿は、たまらない。
ただ、ただ、切ない。
1秒でも早くこの家族に平穏が戻るといいと心から思う。
我が家も同じ。
我が家の面会時間は30分。
この30分でうちの娘は甘え倒す。
点滴のマシーンを触って怒られる。
面会スペースで走り回り、怒られる。
ママもおうちに帰ろーよーとダダをこねる。
お芋掘りの報告をして褒められる。
夫婦で会話をすると怒って会話を遮る。
母親の朝食に出てくるパック牛乳を欲しがる。
一冊だけ絵本を読んでもらう。
こんな特別な30分。
そしてこれが終わると、そう、あの、エレベーター前へ。
人様の光景と同様の光景を繰り広げる。
ママ、タッチして。
ママ、明日も来るからね。
ママ、明日も牛乳ね。
ママ、もっかいタッチして。
もっかいタッチ。
もっかい。
もっかい。
…。
こんな時に大抵、他の利用する方が乗ってこられる。
すると臆病な娘は私の足元に隠れる。
「あら、ごめんなさいね。寂しいよね。気を遣わずに、もう一回タッチしていいからね。」
だなんて、声をかけてくださる優しい方もいる。
突然のその優しい言葉と娘の気持ちとがおり混ざって、私が涙ぐんでしまった。
バイバーイ。
シューっとドアが閉まる。
一階まで降りるエレベーターの中では、娘は一言も発さない。
一回で降りてから必ず言う言葉がある。
もっかいタッチしたかった…。
心が痛い。痛いねえ。
でも、明日も仕事を早く終わらせて、連れてきてあげようという気持ちになる。
閉まったエレベーターの向こう側で、妻はどんな様子なのだろうか。
きっと他の家族のお母さんと同じ後ろ姿なんだろうなあ。
1秒でも早く娘と妻に平穏が戻るといいと心から思うのであった。