挑戦

学芸会の本番が近づいてきてきている。劇においてBGMやエンディングで歌う歌というのは雰囲気を決定づける重要なものである。今年はピアノが弾ける子が数人いるので、最後のエンディングソングのピアノ生演奏に挑戦したい人はいるか?と募集をかけた。やりたい人は次の休み時間に私の元へ来るんだ、と。すると次の時間に、ひとりの子がやってきた。見た目から「発表会なら慣れてるわ。任せて。」という普段から紺色のワンピースやブラウスを綺麗に着こなす、雰囲気たっぷりな「ザ・ピアノ女子」がエントリー。即決定。演奏技術に何の不安もない。もう明日が学芸会でも全く問題ない。私も安心した。

 

しかし何だ、私の視界にもうひとり、視界に入るか入らないかの絶妙な距離のところで、ゆらゆらしている人間がひとりいる。風に吹かれるように、不安げに揺れている。普段は活発な男子だ。「ザ・運動場男子」だ。概ねのことを笑って何とかするタイプの愛され坊主である。以下「坊主」と呼ぼう。その坊主は明らかにわたしの方を見ている。何か言いたげなのである。ゆらゆらしているあたり、トイレに行きたいが今行っていいのかの許可を取りにきているのか。いやいやいつも言うようにトイレに行くのに許可なんて取りに来るんじゃない、坊主よ勝手に行きなさいと思いながら、「どうした?」と声を掛ける。すると坊主の口から出た言葉はトイレの話ではなかった。いつもの、漏れるとか漏れないとかいう話ではなく、何と。

 

坊主「僕も、ピアノやりたいです。」

 

私「……?!」

 

意表を突かれた。トイレでは無いなら次の時間の算数の準備を忘れた報告かなんかだろうと思ったが、まさかのピアノ競争への参戦。まさかである。ここで誤解していただきたく無いのは、おそらくこの学校で勤めている人間であれば、この坊主を知っている人間は、この告白を聞けば、みんな驚きを見せたはずなのである。周囲にそういう評価を受けているタイプ坊主なのである。

 

そもそもこの坊主、全くピアノが弾けないのである。

鍵盤ハーモニカの扱いも、正直、怪しい。

 

そんな男が、あと一ヶ月で、三百人ほどの観客を前にして一曲奏でようと意気込んでいるのである。なんと無謀な挑戦だろう。何を考えているのだろう。しかし、どう見ても、本気である。軽いノリや、周りにからかわれて冷やかしで来ているわけでは無い。その表情は真剣そのものである。何が起きたのか、何が彼をそうさせたのか。私も、横にいるザ・ピアノ女子も、固まってしまった。「おまえが、ピアノに…だと…?」

 

しかし今回の学芸会。何にでもチャレンジOK。やりたいことを自由にやれ。がテーマ。挑戦、チャレンジ、ウェルカムである。ここでこの挑戦を私が無しにしてしまえば、劇そのものが台無しになってしまう。

 

私「やってみるんだ!2人で相談して、頑張れ!」

 

ここから彼の猛練習が始まった。何が偉いってこの坊主、毎休み時間ピアノを開けて、練習をしている。「ザ・運動場男子」が、主戦場の運動場に行かない。ピアノに向かっている。横にはザ・ピアノ女子。すぐに女子の厳しい指導が始まった。「そこはシー!違う、そこはファ。あーもう!」普段決して混ざり合わない2人が、揃ってピアノに向かう異様な光景に、周囲も違和感を感じつつも、優しく見守っている。「両手弾きなんて無理!」早い段階で、両手弾きは諦めたようだ。渡した楽譜のオタマジャクシの数は、音楽の教科書に出てくる鍵盤ハーモニカ楽譜の数倍あるだろう。しかし、坊主は挑戦する。少しずつ、メロディになってきている。

 

先日、ついに、劇の通し練習で披露することになった。

彼は、劇の主人公が傷ついて去りゆく場面のBGMとして、エンディングで歌う歌のメロディを奏でることになったようだ。主人公が足を引きずりながら出口に向かう中、彼の演奏が始まった。

 

………。

 

そう、人生そんなに甘く無い。全くもって、本人にも、周囲にも、満足できる内容ではなかった。

 

内心、思った。あ、これ、主人公が傷ついているシーンだから、ピアノBGMも、途中で弾き間違えたとしても、そういう演出に捉えることはできるんじゃないか。なるほど。大丈夫だ。

しかし奴の表情を見て、それは口にできなかった。笑ってごまかすタイプの坊主が、悔しそうなのである。危ない。ひどいことを言うところであった。

 

残念ながら私はピアノは弾けない。技術的な指導はあまりできない。だからこの男のことを、もはや尊敬している。わたしには真似できない。小学生の頃はもちろんのこと、今の自分でもこのチャレンジは真似できない。ピアノで全校生徒の前で発表会をしろ、しかもそれが、止まることがない学芸会の中で、演技の最中に弾け、だなんて真似、絶対に無理。死んでも無理である。奴はそこに自ら飛び込み、戦っているのである。なんて素晴らしいのであろう。

 

本番がどんな結果になるかは分からない。どんな結果になろうと、奴を称えてやらなければならない。こんなに本番が楽しみで、ドキドキする学芸会は初めてである。彼を中心に、この劇集団がまとまっていくといい。本番当日に、こういう不確定要素がある劇は、とても興奮するのだな。

 

挑戦することの大切さや美しさを、20歳年下の人から学ばせていただいた。

本当に本番が楽しみである。