無駄な教養こそ学べ

池上彰の教養のススメ』を読みました。

学校の先生にとって、無駄な「教養」こそ、大切だなと思いました。

 

すぐには役立たない「教養」こそ学べ

歴史、文学、哲学、心理学、芸術、生物学、数学、物理学…。

大学でも、単位取得のためだけにこういったものを学んだ?記憶があります。正直言って、無駄だなあ、と思っていました。興味がなかったから。役に立たないと思っていたし。自分の専門分野は「教育」である!と。(その専門分野ですらもだらだらやっていた残念な学生時代でしたが…)

 

これまで読んできた本の読書ノートを振り返っても、「実用書」「ビジネス書」「教育書」が多い。すぐに役に立つし、専門的なことが書いてある教育書を読むことは「正解」だと思っていました。

 

専門分野だけでは、単眼的思考。複眼的思考になるべき。

専門分野だけの知識では、視野が狭くなってしまいます。

これからの時代は、専門を重視していれば、確かに「できる人間」になれる。でもそれは「決められた枠の中でできる人間」であるだけであって、様々な枠組み自体が崩れ始めている新しい時代には対応できなくなると筆者は本の中で述べています。

 

単眼的思考。例えば、学校の先生として初めて赴任してからの5年間。私は独身でいました。人生のうちこの5年間はただひたすら「学校」のことだけを考えていました。今思えば、この5年間は新しい発想や、保護者への配慮もなく、まっすぐひたむきではあったものの、視野は狭かったなあと思っています。

 

6年目で結婚し、その後子供が生まれたことで、人生も、仕事に対する考え方も大きく変わりました。「家庭」と「学校」の2つの線を持つ、複眼的思考に近付いたせいなのかなと思います。子を持つ家庭の気持ちが少しは分かるようになり、保育園のお便りや保育参観を通じて保護者の目線をもったことで、学校での仕事の仕方に大きな変化がありました。

乳幼児期の子供について書かれた本からも学びがあり、学級経営に活用した記憶があります。

 

複眼的思考になるために…自分の専門分野からなるべく遠くの学問に手を

自分の専門分野から一番遠いものを探して学んでみるべし、と筆者は本の中で語っています。

そうすると自分の場合は…「経済学」かな、と思いまして、優しい経済学の本を読み始めました。大学生の頃には分からなかったことが、今の立場になってみるとよく分かる…!という気付きが多く、面白く読めています。

↓読み始めたものの、一章で止まっているこちらも、ずっと気になっています。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

すぐに役立つ知識は、大抵すぐに役立たなくなる。

いつ役立つか分からないような教養こそ、本当の意味で知識となり、武器となる。

 

普段教室でも、子どもが興味を持って聞く話は、大体雑学の話。

授業を構築するにも、教室で子供と会話するにも保護者との懇談でも、必要なのは、ほどほどの専門性と、豊かな「無駄な教養」なのかなと思いました。