本の内容を忘れないようにするには

月に3冊読んで、3冊アウトプットする人と、月に10冊読んで、1冊もアウトプットしない人。

どちらの方が成長するのか。それは、月に3冊読んで3冊アウトプットする人、だとか。

また、忘れないようにするには、インプットにかけた時間の2倍を、アウトプットに費やすこと。

そして、インプットした情報を、その後2週間で3回使うとより定着するとのこと。

学びを結果に変えるアウトプット大全 (Sanctuary books)

学びを結果に変えるアウトプット大全 (Sanctuary books)

 

その理由は「運動」+「記憶」。

この本によるとその理由は、アウトプットをするということは運動である、とのこと。

この運動を伴って記憶をすること、すなわち「運動性記憶」は、一度覚えればほとんど忘れないのだとか。

 

小学生の頃、やたらと書いて漢字を覚えたり、声に出して覚えたりさせられたりしたことがある。確かに、「見るだけ」「聞くだけ」で覚えることよりも「書く」「話す」方法をとったほうが、定着が速いという実感は、ある。

 

読んだのに覚えていない残念な経験…。

自分も、本を過去にもいくつか読んだが、「あること」をするまでの本の内容の記憶はほとんどない。

読んだのに内容が思い出せない残念な本がいくつもあり、それを見るたびに悲しくなった。

司馬遼太郎の『竜馬がゆく』なんてまさにそうだった。学生の頃一生懸命読んだが、正直ほとんど覚えていない。全8巻ある大作を、読了することだけが目的で、読んだ俺カッコいい、と自己満足したかっただけだったのかもしれない。

 

読書ノートをつけ始めたことで変わったこと

「あること」とは、読書ノートをつけ始めたことである。

読書は1冊のノートにまとめなさい[完全版]

読書は1冊のノートにまとめなさい[完全版]

 

これを読んで、「気づき」をノートにまとめ始めた。

これがとてもいい。たまに見返すことで、忘れない。読書の内容が血となり肉となっているような感覚がある。以前の「竜馬」時代の読書とは全く違うものになった。読み終えた本の内容が大体思い出せる。

 

読書感想文という、本嫌い大量生産システム

ただ、そもそも読書後にアウトプットをする行為自体にあまりいいイメージがなかった。これは絶対に、小学校時代に強制された「読書感想文」のせいだと思っている。

今でも「課題図書」「自由図書」の2つの部があるが、「課題図書」の方は最悪だった。興味のない読みたくもない本を読まさせられ、適当な賛辞の言葉を並べるだけの苦痛なお勉強。

 

とある学校の実践で「物言う校長」が、「本好きの子どもを育てろ」と強引に実践をさせたらしい。

内容は、図書室に来た子供に、強制的に感想を書かせる、というもの。その強制力を伴った実践中の様子をひとつのレポートにして、学校全体の取り組みとしてなんだか素晴らしい表彰を受けたらしいのだが、実践取り組み期間終了後、キレイにほとんどの子が図書室に寄り付かなくなり、本嫌いを大量に生み出してしまったそうだ。残念な話である。

 

「段落」とか、「筆者の考え」とかを書かなきゃいけないと思うからつまらないものになってしまうが、「気づき」とか、「自分の考え」を書いておくのは楽しい。しかも、書く形式は一切気にせず、汚いメモで十分。こんな読書指導を子どもにもしてやりたいものである。

 

読んだ本の内容を忘れないようにするためには

月に3冊読んで、3冊アウトプットする人と、月に10冊読んで、1冊もアウトプットしない人。

どちらが成長するのか。それは、月に3冊読んで3冊アウトプットする人。

 

忘れないようにするには、インプットにかけた時間の2倍を、アウトプットに費やすこと。

また、インプットした情報を、その後2週間で3回使うとより定着するとのこと。

自分もこのブログや、嫁さんとの会話、子どもたちの前で喋る時間を利用して、アウトプット力を磨いていこうと思う。